経営

働き方改革の残業規制~中小企業は3視点からの生産性向上で対策を

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生産性向上

働き方改革関連法による残業時間の上限規制が2020年4月から中小企業にも適用となりあます。その後も待遇格差の是正対応や60時間超の残業への割増賃金の引き上げなどが順次適用される予定で、中小企業も対策・対応が待ったなしの状況です。

一方で東京商工リサーチが毎月行っている調査では2019年上期の人手不足倒産は前年の2.4倍にものぼっていて、資金やブランド力に限りのある中小企業にはハードルが高くなっており、この残業上限規制への適切な対応は中小企業にとってはもやは死活問題といえます。

この対策のカギとなるのが「生産性の向上」です。しかし、やみくもに管理職や従業員により効率良く働くように求めるだけでは、モチベーションの低下やさらにその先にある離職など、却って逆効果になる恐れもあります。リソースに制約のある中小企業が、残業上限規制対策の切り札である「生産性向上」にどうアプローチすればよいのか、その実現策に3つの視点から迫ってみます。

目次
1. 働き方改革の残業規制がもたらすもの
 1-1. 残業時間(時間外労働)の上限規制とは
 1-2. 想定される影響とは
 1-3. 基本的な対応策は?
2. 中小企業の生産性向上のための3つの視点
 2-1. 生産性向上への技術的な視点からのアプローチ
 2-2. メンタルな視点からのアプローチ
 2-3. システム的な視点からのアプローチ
3. まとめ

1. 働き方改革の残業規制がもたらすもの

厚生労働省の平成30年版の厚生労働白書を見ると、日本の労働力人口は2000年をピークに減少傾向が続いていて、さらに今後も続きます。本来はこの労働人口の減少対策として、女性や高齢者の労働参加の促進に役立つはずの働き方改革ですが、資金力やブランドに劣る中小企業では新たな労働力の取り込みの面では大企業に及ばず、結果的により少ない労働力で事業を行わなければならなくなる恐れが高まっています。

平成30年版厚生労働白書からの資料

労働人口

1-1. 残業時間(時間外労働)の上限規制とは

近年の大手企業における社員の過労死や過労が原因とされる自殺の社会問題化などもあり、また企業体力的にも大企業の方が早期の対応が可能との判断もあって、残業時間の上限規制は大企業には既に2019年4月から適用されており、2020年4月からは中小企業にも適用されるのですが、具体的には以下のような内容となっています。

  ・原則:残業時間の上限は月45時間・年360時間まで 
  ・臨時的な特別の事情があって労使が合意した場合でも
     ー年720時間以内
     ー複数月平均80時間以内
     (休日労働含む、2か月~6か月平均全てにおいて)
     ー月100時間未満(休日労働を含む)
  (厚生労働省働き方改革特設サイト「支援のご案内」より)

これまでは法律上では残業時間の上限はなく、長時間の労働についても行政指導があるのみでしたが、今後は上記の制限に加え、違反した事業主には罰則として6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される事になり強制力が強くなっています。

1-2. 想定される影響とは

霞が関の「居酒屋タクシー」が話題となりましたが、タクシー代が認められるか否かで考えると概ね23時~24時までの残業となり、毎日5~6時間、月100時間ほど残業していたということになり、これが45時間となるのは、残業に依存していた企業経営的には戦力的に大きな痛手です。

冒頭でご紹介した東京商工リサーチの毎月の調査にも見られるように、中小企業を中心に既に採用難からの倒産が増えている中で、今後はこの残業時間の上限規制を守るために必要な生産や納品ができない、受注ができないなどの理由で倒産に至るケースが出てくるものと予想されます。

そこまでには至らなくても、人手不足から生産や受注がこれまで通り確保できなくなっての業績悪化や信用低下、それに伴う従業員の待遇面での悪化、不要不急の研究開発やマーケティング・営業行為の先送りによる長期的な競争力の低下など、有形無形の悪影響も想定されます。

1-3. 基本的な対応策は?

労働による企業の生産力は、もちろん業種や職種による違いはありますが、基本的に
生産性式
で表されます。
(GDPの議論などでは生産性=GDP/投入量(労働、資本)となっています。)今、企業にとっての「生産量」を増やしたいが
 ①労働人口の減少による採用難から「労働者数」を増やすことが困難であり、
 ②働き方関連改革法による「労働時間」には上限設定、削減圧力がある
という中では、半ば必然的に3番目の要素である
 ③「生産性」の向上を図る
事が、企業が自社の生産力確保のための中心的な方策とならざるを得ないのです。

2. 中小企業の生産性向上のための3つの視点

前章で述べたように、理屈の上では「生産性の向上」が働き方改革の残業規制への対策のカギとなることは容易に理解されると思います。

生産性の向上は、古くは自動車産業の生産ラインの機械化、繊維産業での自動織機の導入などに始まるオートメーション、また近年では生産ロボットの導入による工場の省人化、PCやネットワークでのオフィス業務の効率かはもちろんのこと、さらに「RPA」や「AI」「BI」によるオフィスオートメーションの進化まで、大企業を中心にたゆまなく進められました。しかし中小企業では資金面をはじめ各種の制約から、大企業と同様の手法では生産性の向上の実現が困難な状況にあるのが実情です。

ここでは、中小企業ではそのような資金や人材をはじめとした各種制約があるとの前提のもと、今一度、どの様に生産性の向上に迫れるかについて①技術的な視点、②メンタル(マインド)の面からの視点、③システム(仕組み)の面からの視点で考えてみました。

【中小企業の生産性向上の為の3つの視点】
生産性

2-1. 生産性向上:技術的な視点

まず、社員の生産性の向上に具体的・直接的に何ができるか、いわゆる技術的な視点から考えてみます。

2-1-1. ”無駄な”業務を取り除く

夜勤やリモートワークの導入などの変化もありますが、基本的には会社員は朝、決まった時間に出勤し、午前中の業務を行った後、1時間程度の昼食休憩の後に夕方まで午後の業務を行います。

基本的には全て会社で必要な業務のはずなのですが、例えばグループウェアの電子決裁を回付しながら並行して紙の稟議書類を提出している、といった場合があります。またかつては必要だった集計データが、今やBIツールから簡単に見ることができる様になったのに、未だに集計データを作り続けているような場合もあります。

このような例は、社歴の長い中小企業の場合なら業務の効率化のためにグループウェアや業務システムを導入したのに古参社員、場合によってはトップ自身のために、紙の業務処理を残している場合などです。

また若いベンチャーの場合には、全体を俯瞰するマネジメント人材やその経験不足から、重複作業が排除されていない場合などがあります。

この機に、職種ごと、部門ごとに業務を棚卸し、無駄な業務、重複している業務を排除しましょう。また完全に排除しなくても、個々の社員が行っている業務を特定の部署や担当者に集約するだけで効率(≒生産性)がよくなる場合もあります。

近年の営業手法に「インサイドセールス」の導入が進んでいるのも、ウェブツールの発達による新たな機能という面と同時に、顧客との細かなコミュニケーションの一部を集約することで営業全体を効率化するという側面も大きいのです。
営業ということでいえば、外回りの移動時間の効率化や出社前後の直行・直帰をどう活用するか、配送業務であれば会社の枠を超えた「共同配送」などへの参加、IT回りなどを中心に思い切った外注化も、このような効率化に役立ちます。

ムダ

 

2-1-2. 個々の業務のスピードを上げる

無駄な業務を排し(廃し)、アイドルタイムを活用してリフレッシュしたら、個々の業務にかかる時間の短縮を図ります。

古くはパソコンやネットワークの導入、複合機の導入などもまさにこの目的で行われてきたものであり、近年ではBI(Business Intelligence)ツールやRPA(Robotic Process Automation:高度なソフトウェアによる事務系業務の自動化)の導入がこの先端と言えますが、予算的な制約の中でも、社内でもノウハウ共有や、中小企業においては、大企業の場合には逆に管理が行き届かなくなる等の理由で敬遠されがちな無料ツールや自作ツールの援用も選択肢に入ります。

また社員教育の多くにも、個人の能力を高めてこの生産性を高めることを狙ったものも従来からあります。大手企業の多くが新入社員研修や継続的な研修を設けているのは、このためでもあります。

そもそもそのような大規模な業務システムや研修制度がない中小企業の場合、例えば前項の「ある営業社員の一日」例では、メールチェックや情報収集、事務処理などの点でツールの活用が、教育的な面では営業や資料作成時のノウハウの共有などが考えられます。無駄な業務の排除の場合と違って、業務のスピードアップを目的に、「やり方」を棚卸しするイメージで取り組んでみてください。

スピード

2-1-3. アイドルタイムを活かす

さらに、1日の業務の流れを見ていくと、たくさんの「間」が存在していないでしょうか。重いものを持ったりたびたび力を籠めたりする作業の場合には適切な「間」が必要なのはもちろんですが、オフィスでの事務的な作業でも、トイレ休憩をはじめお茶を飲んだり、タバコを吸いに行ったり、雑談をしたり、中にはちょっとコンビニに行ったりと、様々な”業務でないこと”をしています。接客を伴う業務では、来客がなければ直接の業務が無い状態さえ生じます。いわゆるアイドルタイムです。

だからと言って、このアイドルタイムを完全に排除してしまおうという考え方は危険です。例えばブラック企業ではトイレに行く際にも細かく時間をチェックして、人より多いと責められるといった事例もありました。さらに適度な休憩が残りの時間の集中力をより高めるという研究や20分程度の昼寝やカフェインの摂取が午後全体の生産性を高めるということも盛んに言われています。むしろこの「間」をリフレッシュに活用し、実際に仕事をする時間の効率を上げる方向に向けるのです。

まずはアイドルタイムが一定程度存在する前提で、有効活用して生産性全体を上げる必要があるという認識を共有してください。また場合によってはティータイムや午睡の奨励、気分転換がしやすいスペースの設置やそのためのオフィスレイアウト変更などが考えられます。
アイドルタイム

2-2. 生産性向上:メンタルな視点

前項では主に業務の見直し、棚卸いといったいわばテクニカルな面からの生産性向上へのアプローチについてご紹介しました。一方で、業務の内容や仕組みにかかわらず、生産性はそれに取り組む従業員のモチベーションによっても大きく左右されます。本項では従業員の認識や意識といったいわゆる「メンタル」な視点からの生産性向上へのアプローチについて考えてみます。

2-2-1. 目標を共有する

モチベーションの向上には様々な要因がありますが、重要な一つに「目標の共有」があります。この目標にはもちろん売上や利益、個々人の成績といった数値目標もありますが、それらの達成を通じて会社が何を達成しようとしているのか、理念とやビジョン、ゴールといった定性的な目標の共有も重要です。

例えば生産性を2倍にすることを従業員に求める際、なぜ2倍なのか、という疑問が沸くのは自然なことです。特に今回のような経営的な問題を背景に従業員の行動の変化(この場合は生産性の向上)を求める場合には、従業員自身が納得している事が重要であり、適切な目標の共有は従業員の納得を得る為の重要な要素となります。とは言え、今回の残業規制を機に新たな目標設定を行うとなれば、経営側の動機が透けて見えることにもなりかねません。次項の「危機感の共有」と合わせ、なぜ今新たな目標の共有なのかなど、慎重なアプローチが必要です。

2-2-2. 危機感を共有する

前項とある意味表裏となりますが、目標を達成しない場合に起き得る「危機」への意識の共有も、従業員の自発的な取り組むを促す要因となります。

前項の「目標の共有」のようにポジティブな要因同様、残業規制による収益の悪化や会社の存続の問題は、将来的に給与水準の引き下げや最悪の場合倒産に至って職を失うことなどへの危機感の共有も、従業員の生産性向上への協力の重要なモチベーション要因となります。

ただ、あまりにも強い危機感は、早期の離職の増加など意図せぬ結果になってしまうこともありますので、危機感の共有のメッセージについてもやはり慎重に行う必要があります。

2-2-3. リーダーシップとボトムアップを両立させる

実際に、人手不足倒産が増える様な情勢の中での残業規制が中小企業にとっての死活問題であるのは確かですが、目標と背景にある危機感を共有しても、自発的に課題に取り組む仕組みや企業文化が醸成されていない中で、従業員が自ら生産性向上に努めてくれる可能性はきわめて限定的です。

このために、残業規制がもたらすであろうリスクを整理し、危機感を共有する中で目指すべき新たな目標を掲げて、具体的な業務の見直しを進めるのは、経営陣と各部門のリーダーシップに拠らざるを得ません。

一方で、機械化やシステム導入は別として、本稿で取り上げた行動変容に拠る生産性の向上は従業員自身に拠る点が多いために、従業員自身が考えて自発的に取り組むことが求められます。

リーダーシップとボトムアップ、相矛盾するアプローチを慎重に組み合わせる必要もあるのです。

2-3. 生産性向上:会社のシステムの視点

最後に「システム」の視点からのアプローチについて考えてみます。ここでいうシステムとは、いわゆるコンピューターやそれらのネットワークのことではなく、働く環境や就業規則、人事制度のような社内でのルールのことをいいます。

2-3-1. 組織体制の最適化

テクニカルなアプローチに基づいて業務の見直し、棚卸を進めていくと、そもそも現状の組織体制が、市場や顧客に求められているものに合わなくなってきている、ということがあります。同じ中小企業の規模でも、ベンチャー企業であれば固定観念なく素早く柔軟に組織体制を変えていくことが多いと思いますが、業歴の長い中小企業では多くの社員が「今以外の組織体制など考えられない」といった事もしばしばです。

しかし、市場や顧客が求める情報や商材の流れと不整合なままでの対応は、無駄な業務負荷や受注のための機会損失の温床になります。この機に固定観念を振り払って、現在の顧客の購買行動に相応しい商品・サービスの理想の提供体制を想定し、その上で、現実的な「解」(今ある資金や人員、持てる時間軸などで実現可能な形)に落とし込みましょう。

本サイトでも顧客の購買行動に合わせた営業組織の再編について記事化していますので、sales/marketingのタグから是非ご覧ください。

2-3-2. 評価・報酬制度の見直し

業務内容や目標設定、組織体制を変更したら、半ば必然的に、それに応じた評価制度、評価項目と報酬体系が必要になります。それらが呼応しあっていない場合、従業員の不満が生じやすく結果的に意図した生産性向上が達せされないリスクが高まります。会社主導で業務内容や目標設定、組織体制を変更した場合には、評価報酬制度も忘れずに整合を取りましょう。

2-3-3. 労働環境・条件の見直し

アイドリングタイムの活用の項でも触れましたが、リモートワークなどのニーズの高まりもあり、必ずしも全員に固定的な「場」としてのデスクを用意する事自体が無駄を生じるようになり、それと前後するように、創造性の高い空間として自由度や開放感にあふれるオフィスも見られるようになりました。勤務日や勤務時間、有給休暇の取得や副業まで、労働環境や労働条件も多様化しています。

会社が従業員に求めることの本質を確認し、グループウェアなどを活用して本当に必要な管理をきちんと行いながら、従業員が高い生産性を発揮できる環境や労働条件を整えます。

3. まとめ

2020年4月から中小企業にも適用される残業時間の上限規制。減少する労働人口とも相まって、リソースに乏しい中小企業には死活問題となっています。カギとなるのは限られたリソースで成し遂げるべき生産性の向上です。

個々の社員の業務の見直しを中心とした技術的(テクニカル)な視点からのアプローチ、危機感や目標の共有やリーダーシップ/ボトムアップの融合によるメンタルな視点からのアプローチ、組織体制や評価制度、労働環境や労働条件の整備といったシステマチックな視点からのアプローチを通じて、使えるリソースの中で最大限の生産性向上を達成してこの危機を乗り切ってください。

~追記~
この記事は法対策が必要な経営者や管理者の方の為になればと思って書きましたが、実は働く人すべてが「セルフマネジメント」としても適用できる考え方です。職場のルールなどは自分では変えられないかもしれませんが、例えば自己の成長を「報酬」と考えれば、個人の生産性を高めることも有効ですね。是非その様な視点からもご活用ください。

 

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